札幌地方裁判所 平成4年(わ)7号 判決 1993年5月13日
主文
被告人を罰金一五万円に処する。
罰金を全額納められないときは、その未納分について五〇〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置する。
訴訟費用は被告人に負担させる。
理由
(犯罪事実)
被告人は、いわゆる親会社である北海道旅客鉄道株式会社の電気設備検修工事を独占的に受注している株式会社ドウデンの従業員として鉄道用信号、踏切警報機の保守・点検等の業務に従事していたものであるが、江別市豊幌七七一番地一先の北海道旅客鉄道株式会社函館本線西一号踏切の自動警報機の警報灯取替工事に際し、その作業責任者安藤和秋の事実上の代理として、平成元年一二月一三日午前一〇時ころ、自動警報機支持柱に設置されている踏切支障報知装置等の非常装置の作動を停止させたうえ、列車見張員木村恒雄を配置し、作業員田屋義夫に補助させながら脚立の上で警報灯の取替工事を始めた。被告人は、同日午前一〇時三七分ころ、同踏切に列車の接近していることを知らせる自動警報機が吹鳴を開始したのを聞いていたが、その直後、石狩川方面から国道一二号線方面に向けた西山隆徳運転の大型貨物自動車(車両重量約一万一二四〇キログラム、車長約11.98メートル、建設用大型作業機械(重量約一万二〇八五キログラム)積載)が圧雪状態の同踏切内の上り線線路をふさぐ状態で停止し、右木村が同踏切出口側流入遮断竿を持ち上げて、右大型貨物自動車に向かって「行け。行け。」と叫びながら退避を促しているのを認めた。このような場合、被告人には、自ら、あるいは他の作業員を指揮して直ちに踏切支障報知装置を作動させたうえ、同装置の非常ボタンを押し、信号炎管を発火させるなどすることにより、接近してくる列車に危険を知らせて停止させ、その運行の安全を確保すべき業務上の注意義務があった。ところが、被告人は、そのまま事態を傍観し、右非常ボタンを押すのが遅れたという過失を犯した。その結果、折から岩見沢方面から同踏切に向けて進行してきた旭川発苫小牧行き特別急行列車「ホワイトアロー六号」(四両編成)前部が右大型貨物自動車左側部に衝突し、同列車の前二両が脱線転覆したことにより、同列車の乗員堀保夫ほか二二名が別紙被害者受傷状況一覧表記載のとおりの各傷害を負った。
(証拠)<省略>
(弁護人の主張に対する判断)
一 弁護人は、北海道旅客鉄道株式会社(以下「JR北海道」という。)と株式会社ドウデン(以下「ドウデン」という。)との間で締結されている電気設備検修工事請負基本契約書(以下「基本契約書」という。)、個別契約書等は、ドウデンの検修工事と無関係に発生する列車の運行に支障する事態についてまでドウデンの列車防護措置義務を要求しているわけではなく、また、JR北海道が定めた電気関係請負工事保安対策指針(以下「保安対策指針」という。)に付属する電気関係請負工事施行要領(以下「施行要領」という。)には作業責任者等の列車防護措置義務が定められているが、これは本件検修工事の契約内容に明記されていないから、その適用は認められず、仮に、施行要領が本件検修工事の契約内容になっていたとしても、その適用範囲は、本件検修工事の施工にあたって発生した列車の運行の支障に限定されるものであって、第三者の運転する大型貨物自動車が踏切内で突然停止するなどという本件検修工事とは無関係に発生する事態にまで拡張するのは不当であり、しかも、被告人は、施行要領によって列車防護措置の発動義務を要求されている作業責任者又は事実上の作業責任者ということもできず、ただ、被告人は、本件検修工事に先立って、踏切支障報知装置のスイッチをオフにしているため、その使用を必要とする者が現に使用するまでの間に原状回復しなければならないという先行行為に基づく作為義務があったことは明らかであるが、本件踏切内の轍にはまった本件トラック関係者がスイッチを使用する直前には、本件検修工事の作業員によって原状が回復されているのであるから、それ以上の作為義務はなく、本件踏切外の本件検修工事について踏切管理者としての事故防止義務を負担するわけもなく、仮に、何らかの作為義務があったとしても、本件事故発生までの具体的推移に照らすと、被告人が本件踏切内にトラックが停止しているのを認識した後、可及的速やかに踏切支障報知装置を作動させたとしても、本件事故を回避することは不可能であったというべきであり、結局、いずれにしても被告人は無罪である旨主張するので、以下に検討する。
二 JR北海道とドウデンとの関係
ドウデンは、旧国鉄が分割民営化された際、JR北海道の電気設備検修工事を受注する請負業者とする目的で、従前北海道内で右工事を受注していた各社が合計三〇〇〇万円を出資して昭和六三年三月二三日に設立され、平成元年二月一日にJR北海道が四〇〇〇万円の資本参加をしてその過半数の株式を保有することになった株式会社であり、ドウデンの役員の幹部はJR北海道からの出向者で占められ、従業員についても、旧国鉄退職者又は旧国鉄関連工事請負業者の作業員として勤務したものばかりであり、また、JR北海道の検修工事の受注はドウデンに限られ、ドウデンの業務もJR北海道からの請負工事が大部分を占めていた。
三 請負工事の保安体制等について
JR北海道は、ドウデンとの間で昭和六三年六月一四日に締結されたJR北海道発注にかかる電気設備検修工事の請負に関する基本契約一〇条において、ドウデンが災害防止その他検修の施行上緊急の必要があると認めるときは、臨機の措置をとる旨定めていたうえ、電気関係請負工事の施工にあたっての列車運行の安全及び工事の保安の確保を目的として、請負業者の遵守すべき保安対策指針及び施行要領を定めており、その施行要領五一条には、列車の運行に支障する事態が発生したときは、列車防護の処置を取らなければならない旨、同五二条には、原則として作業責任者が列車防護措置を発動する旨、同五四条には、列車に危険を知らせるため信号炎管を発火させるなどの具体的な列車防護措置をとる旨それぞれ定められているが、前記基本契約書及び個別契約書には、ドウデンが保安対策指針及び施行要領に従う旨明記されてはいなかった。しかし、前記基本契約書及び個別契約書ひな型は、JR北海道設立直後の混乱期に急遽作成されたものであるため、万全のものではなく、暗黙の了解事項も少なくなかった。JR北海道の発注工事の施工には、旧国鉄やJR北海道の認定した作業責任者等一定の資格を有する者が従事しなければならず、そのため、鉄道電業研究会北海道支部は、JR北海道の委託を受け、請負業者の従業員に対し、保安対策指針及び施行要領が折り込まれている電気関係工事等規程集を講義用教材として安全教育や資格認定を実施し、他方、ドウデンも、電気関係工事等規程集等に基づいて安全衛生管理教育を実施しており、作業責任者は、個々の請負工事に際し、事前にJR北海道監督員と保安関係等を打ち合わせて工事施行打合票を作成し、これらを遵守しながら請負工事を施工していた。
四 本件事故現場の概況及び本件踏切の構造
本件事故現場は、江別市豊幌七七一番地一先のJR北海道函館本線と市道西一号線が交差する西一号線踏切内の上り線路上であり、衝突地点は、JR北海道幌向駅から豊幌駅方向1713.5メートルの地点である。本件踏切には、自動警報器、腕木式流入・流出遮断竿付き遮断機が設置されているほか、自動警報機支持柱に踏切支障報知装置の非常ボタンも設置されていた。本件衝突地点から幌向駅方向には、約163.5メートルの地点に札幌方面に向かう列車の閉塞信号機が、約443.5メートルの地点に信号炎管が、約1073.5メートルの地点に鳴動感知器が順次設置されている。そして、列車が鳴動感知器の設置地点に差し掛かった時点で自動警報機が吹鳴を開始し、弁護人提出の捜査関係事項照会回答書(<書証番号略>)によれば、その約六秒後までには流入遮断竿が降下を開始し、吹鳴開始時から流入遮断竿降下終了時までの最大所要時間は約11.9秒であり、また、吹鳴開始時から約17.9秒後までには流出遮断竿も降下を開始し、吹鳴開始時から流出遮断竿降下終了時までの最大所要時間は約22.9秒とされている。他方、踏切支障報知装置の非常ボタンが押されると、信号炎管が発火するとともに、軌道短絡機が作動して閉塞信号機が赤色を表示するため、接近する列車に踏切等の支障を知らせることができる仕組みになっている。このように、本件踏切は、右の各設備が有機的に連動することによって安全性を確保する機能を備えた一体性のある構築物である。
五 ホワイトアロー六号の運行状況等について
本件事故当時、本件踏切付近の天候は小雪模様で、本件踏切内は圧雪状態であり、上り線線路の轍は、国道一二号線方面側では、幅約六五センチメートル、深さ約5.5センチメートル、石狩川方面側では、幅約一六〇センチメートル、深さ約一二センチメートルであった。堀保夫が運転する旭川午前九時三〇分発苫小牧行き特別急行列車「ホワイトアロー六号」(四両編成)は、曇り空の下を岩見沢駅まで走行した後、午前一〇時三一分、岩見沢駅を出発し、雪模様の中を走行していたが、ブレーキ系統等に異常は認められなかった。ホワイトアロー号は、午前一〇時三七分三〇秒ころ、幌向駅を時速約九五キロメートルで、鳴動感知機設置地点を時速九〇キロメートル弱でそれぞれ通過し、一旦時速約八七キロメートルまで減速した後、加速しながら本件踏切に向かい、本件踏切手前約378.1ないし428.3メートルの地点で、建設用大型作業機械(重量約一万二〇八五キログラム)を積載した本件トラック(西山隆徳運転、車両重量約一万一二四〇キログラム、車長11.98メートル、車幅2.49メートル)が本件踏切内の上り線線路をふさぐ形で停止しているのを発見し、時速約93.7キロメートルの状態から直ちに急制動の措置をとったが間に合わず、これと衝突し、一両目が脱線・転覆、二両目が脱線して停止したが、右衝突事故により、その乗員、乗客が判示の傷害を負った。
六 被告人らの地位・行動等について
1 被告人は、昭和六三年三月、約三〇年間勤めた国鉄を退職し、国鉄の信号保安装置の検修工事を請け負う民間会社に一時入社し、同年六月ドウデンに正社員として入社し今日に至ったものであるが、これまで長年にわたり、電気信号、踏切安全装置など電気設備関係の検査及び保安修理の職種をこなし、国鉄勤務時代に工事技能者、検修技能者等右職種に従事するに必要な各種資格を取得しており、本件当時は、ドウデン岩見沢営業所長坂田孝平の下でJR北海道発注にかかる警報灯の取替等の電気設備検修工事に従事していた。また、安藤和秋も、ドウデンの正社員であり、工事技能者・検修工事技能者としてJR北海道の発注工事に関する工事責任者資格を有し、その経験もあった。木村恒雄及び田屋義夫は、ドウデンの常用嘱託であり、被告人らと共に工事に従事していた。その作業方法について、ドウデン岩見沢営業所長は、かつて作業の振動で踏切支障報知装置の非常スイッチが誤作動して信号炎管が発火するという事故があったため、作業員に対し、その類の作業の際には踏切支障報知装置等のスイッチをオフにするように指示していた。
本件工事は、ドウデンがJR北海道から受注した電気設備検修工事(その2)の一環としてなされたJR北海道函館本線西一号線踏切に設置された警報機の警報灯と列車方向指示機の取替工事であるが、安藤は、本件工事に際し、平成元年一二月一二日、ドウデン岩見沢営業所長から、その作業責任者を命ぜられ、翌一三日午前八時一五分ころ、JR北海道岩見沢信号通信区監視員との間で、前記保安対策指針に沿って安藤が作成した工事施行打合票に基づき本件工事の施工に関する打合せを行ったが、右打合票には、確認事項として「作業予定人員3、列車見張員1」、特に注意する事項として「列車及び交通に充分気をつけ事故防止に努めます。」との記載がなされていた。被告人、木村及び田屋は、同日、出勤後に右工事に従事することを命ぜられた。
2 被告人及び田屋は、同日午前九時四〇分ころ、本件踏切に到着し、他の工事現場を回っていた安藤及び木村を待ちながら下準備に入り、同日午前一〇時ころ、安藤及び木村と本件踏切で合流した。安藤は、持ち忘れた電気ドリルを取りに戻ることになったが、本件工事内容が比較的簡単なものであり、これまでにも被告人が作業責任者として十分経験したものであったため、被告人を作業責任者の代理として本件工事に入らせる趣旨で、被告人に対し、「頼むな。」と言い残して持ち場を離れ、被告人も、その趣旨を了解した。そこで、被告人は、踏切支障報知装置、軌道短絡機のスイッチをオフにしたうえ、脚立に上がって自動警報機の警報灯の取替作業を開始し、田屋は、その脚立の下で被告人を補助し、木村は、列車見張りを担当していた(この点について、被告人は、公判廷において、安藤が「頼むな。」と声をかけたのは、被告人ら三名に対してであり、被告人を作業責任者の代理に選任するものではなかった旨供述する。しかし、被告人の捜査段階の供述調書中には、安藤が被告人に「頼むな。」と言い残しており、その意味は、作業責任者が不在の場合、工事を一旦中止するか、現場で代理の作業責任者をその都度選任して作業を続行するかしなければならないので、唯一のドウデンの正社員である被告人に作業責任者の代理を頼むという趣旨であることは十分に分かった旨の部分があり、他方、安藤の供述調書中にも、安藤が「あと頼むわ。」と言い残した相手は被告人である旨の部分がある。その各供述部分は、具体的で、かつ一致するものであるうえ、前記被告人の社員としての資格、作業責任者としての資格・経験、本件工事の内容・開始の経緯等に照らし、自然かつ合理的であって、十分信用できるというべきである。)。
3 他方、西山隆徳は、午前一〇時三七分ころ、本件トラックを運転して前記市道を石狩川方面から国道一二号線方面に向かって進行中、本件踏切に差し掛かり、その手前で一時停止した後、積載していた重機が本件踏切内の轍で上下動して架線を傷つけないように徐行して本件踏切内を進行したが、間もなく、警報機が吹鳴を開始し、出口側流入遮断竿が重機と本件トラックの荷台枠の真ん中位に降下したころ、本件踏切の出口付近で本件トラックの後輪が上り線線路の轍でスリップして停止した。木村は、遮断竿を背にして幌向駅方向を見ながら見張りをしていたが、自動警報機が鳴り出した後、出口側流入路遮断竿が物に引っ掛かったような音がして振り向き、右遮断竿が重機と本件トラックの荷台枠の真ん中位に降下したのを見るや、本件トラックに積載した重機で出口側流入遮断竿を引っ掛けてしまうので停止したと思い、その遮断竿を持ち上げながら、「行け。行け。」と叫んで本件トラックの退避を促した(この点について、弁護人は、木村が出口側流入遮断竿を持ち上げた時点は、その降下終了から数秒経過後である旨主張する。しかし、木村は、捜査段階において、出口側流入遮断竿の本件踏切内側付近に立ち、これを背にして本件トラックが前進するのを見ていたが、その遮断竿がカリカリとこすれる音が聞こえたので振り向くと、これが本件トラック運転席後部の荷台枠に引っ掛かりながら降下してきており、更に、これが荷台枠と本件トラックに積んでいたパワーショベルとの真ん中位に行ったときに本件トラックが停止したので、パワーショベルで出口側流入遮断竿を引っ掛けてしまうために停止したと思い、これを持ち上げて「行け。行け。」と声をかけた旨明確に供述し、公判廷においても、同様の供述を維持している。そして、本件トラックの荷台枠までの車高が3.22メートルもあることに照らすと、出口側流入遮断竿が荷台枠に引っ掛かったのはその降下初期であることは疑いなく、また、自動警報機の吹鳴状況、木村の列車見張員としての立場・位置関係・状況把握等を総合すると、木村の退避措置が迅速になされたことも窺われるというべきであるから、木村は、遅くとも出口側流入遮断竿の降下終了までには、これを持ち上げて本件トラックの退避を促す措置を講じていたものと認められる。)。このような状況の下で、西山は、本件トラックの前進後進動作をして轍から抜け出そうとしたが、轍でスリップして前進も後進もできなかった。本件トラックが少なくとも一回前進したのに続いて後進、前進の各動作をしたころ、出口側流入遮断竿も降下して本件トラックの荷台に引っ掛かったため、木村は、出口側流入遮断竿だけを持ち上げていても無意味だとして、その手を離し、列車の様子を確かめるために本件トラックの後部に回った。また、田屋は、自動警報機の吹鳴開始時には、自動警報機の国道一二号線側路上に停止させておいた作業用自動車に部品を取りに行っていたため、本件踏切から少し離れていたが、本件トラックが本件踏切内に停止しているのを認め、本村が流人遮断竿から離れる直前には本件踏切に戻り、出口側流入遮断竿付近で本件トラックのスリップを見ていたものの、木村が移動した後、危険を感じて踏切支障報知装置のスイッチを入れ、非常ボタンを押した。他方、被告人は、自動警報機が吹鳴するのを聞きながら警報灯の取替作業を続けていたが、本件踏切内を見た際、本件トラックが本件踏切内で停止し、木村が出口側流入遮断竿を持ち上げたまま「行け。行け。」と叫んで本件トラックの誘導を開始するのを認めた。当初、被告人は、本件トラックがスリップしていることまでは気付かないまま、右踏切内の状況を傍観していたが、本村が本件トラックの後部に回った後、そのスリップに気付き、幌向駅方向からホワイトアロー六号が接近してくるのを認めたため、踏切支障報知装置の非常ボタンを押すために脚立から降り、非常ボタンの前付近に行ったが、既に田屋が非常ボタンを押していた。
七 注意義務について
前記のとおり、基本契約書・個別契約書ひな型には保安対策指針及び施行要領を遵守すべき旨明記されていないが、保安対策指針及び施行要領の制定目的、JR北海道及びドウデンとの密接な関係、基本契約書・個別契約書ひな型の作成経緯、JR北海道の安全教育及び資格認定の実施状況、請負業者の保安対策指針及び施行要領に対する認識等に照らすと、JR北海道及びドウデンは、保安対策指針及び施行要領の適用を当然の前提として各種請負契約を締結していたことは明らかである。そして、前記基本契約書に規定されている「災害防止その他検修の施行上緊急の必要があると認めるとき」及び施行要領に規定されている「列車の運行に支障する事態が発生したとき」の解釈については、主として請負工事に関係して発生した列車の運行に支障をきたす事態を意味するものであって、これに限定される旨のJR北海道及びドウデン関係者の供述もあるが、明文上、そのように限定的に解釈すべき根拠はなく、かえって、前記のとおり、JR北海道とドウデン間には、利害を共通にする不即不離の密接な関係があり、また、列車事故が重大な結果を招来するものであることも明らかであるから、請負工事作業員が列車の運行に支障をきたす何らかの事態に直面した場合には臨機の措置を講ずることが義務づけられると拡大解釈しても過大な義務づけがされたとはいえず、ドウデン工務部信号通信課長竹内武の供述調書中にも、第一次的には請負工事に関係して発生した列車の運行の支障事態の場合に列車防護措置義務が発生するが、第二次的には第三者による列車の運行の支障事態に直面した場合でも列車防護措置義務が発生すると解釈している旨の部分が見られることも考慮すれば、その拡大解釈が不合理とは思われない。しかも、前記工事施行打合票には、特に注意すべき事項として「列車及び交通に充分気をつけ事故防止に努めます。」と記載されているが、請負工事作業員が工事現場に移動するための交通手段による事故に対する直接の責任はドウデンが負担するものであるから、JR北海道に対する関係での工事施行打合票の中で、JR北海道が直接負担するとは思われない現場移動事故による責任事項を盛り込むのは不自然であり、列車見張員を配置したうえでの「列車及び交通」の事故防止という記載の体裁に照らせば、列車と本件踏切を通行する自動車を含む一般交通との間における事故防止も含んでいると解釈しても不合理とは思われない。また、本件工事が各種安全設備を有機的に連動させている本件踏切の自動警報機の警報灯の取替作業であり、列車と一般交通の安全に重要な役割を果たしている踏切支障報知装置及び軌道短絡機の機能を一時停止させ、本件踏切に列車見張員を配置したうえで作業を進め、現に列車見張員が流入遮断竿を持ち上げて本件トラックを誘導していたことに照らせば、被告人らは、一体的構築物としての本件踏切を管理しつつ作業に従事していたというほかなく、したがって、本件踏切内の一般交通による列車の運行に支障する事態が発生した場合であっても、本件工事に関係して管理下に置いた本件踏切内で発生した事態として列車防護措置義務が生じると解釈する余地が十分にある。以上の諸点を総合すると、右事実関係のもとで、少なくとも、本件工事の作業責任者には、本件踏切の一般交通によって列車の運行に支障する事態が発生したときにも、JR北海道とドウデンとの請負契約上の信義則に基づく列車防護措置をとる義務があったというべきである。
そして、前記のとおり、被告人は、作業責任者資格を有し、これまでにも鉄道関係の電気設備検修工事の作業責任者としての経験もあるところ、作業責任者である安藤に依頼され、その責任において本件工事を遂行したものであるから、少なくとも本件工事の作業責任者の事実上の代理であることは疑いなく、信義則上、JR北海道が作業責任者について定めた各種規定の準用があると解するのが相当である。そうすると、被告人は、前記認定のとおり、列車の接近を知らせる自動警報機が吹鳴を開始したにもかかわらず、圧雪状態の本件踏切において、かなりの重量の本件トラックがその大部分を本件踏切内に残した状態で停止し、列車見張員が出口側流入遮断竿を持ち上げて本件トラックを誘導しているという極めて異常な事態を認識し、しかも、かかる事態を認識したのは、自動警報器が吹鳴を開始して、おおよそ一〇秒程度が経過していたとの認識もあったというのであり、これまでの作業経験を通して、自動警報機が吹鳴を開始してからどの位の時間で列車が踏切に到達するかを知っているという被告人としては、右の事態が緊急事態であると認識したと見るべきであるから、かかる被告人としては、この時点において、作業責任者の事実上の代理として、自らあるいは他の作業員に指示し、可及的速やかに踏切支障報知装置のスイッチをオンにしたうえ、同装置の非常ボタンを押して信号炎管を発火させるなどすることにより、接近してくる列車に危険を知らせて停止させ、その防護をすべき業務上の注意義務があったというべきである。
八 結果回避可能性について
1 ホワイトアロー六号の停止距離について
ホワイトアロー六号の列車運行記録計のチャート紙を分析した鑑定書(<書証番号略>)によれば、ホワイトアロー六号が本件トラックに衝突するまでの実制動距離は約三五三メートル、実制動開始時の時速は約93.7キロメートル、衝突時の時速は約48.2キロメートルである。これに対し、捜査報告書(<書証番号略>)に記載されているJR北海道に対する照会回答による一般的な計算式では、その実制動距離は約326.32メートルと算出されるが、より実際的な右チャート紙の分析結果に照らし、信用できない。
更に、証人長谷部敏樹の公判供述、鑑定書(<書証番号略>)及び実況見分調書(<書証番号略>)によれば、平成二年五月一九日に本件現場で実施した急制動実験の列車運行記録計のチャート紙を分析した結果、実制動距離は、制動初速度が時速98.3キロメートルの場合で299.3メートル、制動初速度が時速110.4キロメートルの場合で458.5メートルであり、そのチャート紙上の制動曲線を本件事故時のものと対比すると、時速約七八キロメートルから時速約四八キロメートルの範囲内でほぼ一致したが、制動開始から時速約七八キロメートルにまで減速するまでの範囲では、本件事故時のほうが緩やかなものとなっていること、これは、本件事故が冬季の降雪時に発生しており、制動開始当初は制輪子と車輪との間に雪が付着し十分な制動力が得られなかったことなどが原因で無雪期の実験とは差異が生じたが、制動開始後しばらくすると制輪子と車輪との間の雪が溶けるなどしたため制動曲線はほぼ一致するに至ったものと考えられること、右実験結果の時速約七八キロメートル以下の制動曲線が本件事故の場合とほぼ一致し、その時速範囲内における摩擦係数もほぼ一致するものと考えられること、そこで、右実験結果における時速五〇キロメートルから停止するまでの距離をチャート紙上で実測すると、制動初速度98.3キロメートルの場合で77.85メートル、制動初速度110.4キロメートルの場合で95.16メートルであり、これらに、制動初速度を時速五〇キロメートルとしてエネルギー保存則を適用すると、摩擦係数は、それぞれ0.1264及び0.1034となり、更に、右摩擦係数及び前記本件衝突時の時速48.2キロメートルを前提としてエネルギー保存則を適用すると、本件衝突がなかった場合における本件衝突地点から停止までの走行距離は、それぞれ約72.36メートル及び約88.45メートルとなること、これらに前記衝突までの実制動距離約三五三メートルを加算すると、本件衝突がなかった場合における実制動距離は約425.36ないし約441.45メートルとなること、また、実制動開始直前の最高時速は約93.7キロメートルであるから、空走時間を四秒とすると、空走距離は104.11メートルとなり、これに右本件衝突がなかった場合における最大実制動距離約441.45メートルを加えると、その停止距離は最大限約五四六メートルとなることが認められ、したがって、ホワイトアロー六号が本件衝突地点の手前約五四六メートルの地点に到達するまでに、ホワイトアロー六号の運転手が急制動措置をとっていれば、本件事故を回避できたことになる。
2 本件事故回避可能地点までの走行所要時間について
前記鳴動感知機が設置されている約1073.5メートル地点から前記衝突の回避可能な本件踏切手前約五四六メートル地点までの約527.5メートルの間のホワイトアロー六号の平均速度は、本件運行記録計のチャート紙の写しによれば、時速九〇キロメートルを上回らないと認められるから、その区間の走行所要時間は約21.1秒となり、したがって、自動警報機の吹鳴開始から約21.1秒後までの間に列車防護措置がとられている限り、本件事故は回避されたものである。
3 被告人の本件トラック現認までの所要時間について
前記認定のとおり、被告人が最初に本件トラックを現認したのは、遅くとも出口側流入遮断竿降下終了以前であるから、自動警報機の吹鳴開始から約11.9秒以前ということになる。
4 結果回避可能時期について
以上によれば、ホワイトアロー六号に対する列車防護が可能な最終時点である自動警報機吹鳴開始から約21.1秒後までの間と被告人が本件トラックを現認して列車防護措置をとることが可能となる時点である自動警報器吹鳴開始から約11.9秒後までとの時間差は約9.2秒であり、これが被告人にとって有効な列車防護措置をとるために許された所要時間となる。
5 結果回避方法について
前記認定のとおり、被告人は、本件事故当時、脚立の上で作業をしていたが、本件踏切内に本件トラックが停止しているのを認めた時点では、非常ボタンの付近に出口側流入遮断竿を持ち上げている木村もいたこと、田屋の本件事故当時の行動を再現した捜査報告書(<書証番号略>)によれば、田屋が本件トラックのスリップを認めてから非常ボタンを押すための所要時間は最大限7.02秒であり、これには田屋の状況判断に要する反応時間も含まれていること、そして、田屋が本件スリップを認めた位置は、木村が出口側流入遮断竿を持ち上げていた位置よりも非常ボタンから遠いと認められることに照らすと、木村が出口側流入遮断竿を持ち上げていた位置から非常ボタンを押すまでに要する時間は七秒を超えることはないはずである。しかも、前記認定の被告人の地位・資格・経験等に照らすと、被告人の状況判断と木村に指示するまでの所要時間は約二秒も見れば足り、これらを加算しても、被告人が木村に指示して非常ボタンを押させるための所要時間は最大限約九秒であり、他方、被告人と非常ボタンとの位置関係、脚立の高さ等に照らすと、被告人は、この間に脚立から降りて、自ら非常ボタンを押すことも可能であったと認められる。
九 結論
以上によれば、被告人には、判示のとおり、本件トラックが停止しているのを認めた時点で列車防護措置をとるべき義務があり、自ら、あるいは木村に指示して踏切支障報知装置の非常ボタンのスイッチを押せば、本件事故は回避できたものと認められるにもかかわらず、脚立上で事態を傍観して右措置を怠ったものであるから、本件事故について過失が認められる。
よって、弁護人の主張は採用しない。
(適用した法令)
罰条 被害者ごとに、行為時には平成三年法律第三一号による改正前の刑法二一一条前段、同罰金等臨時措置法三条一項一号、裁判時には改正後の刑法二一一条前段
刑の変更 刑法六条、一〇条(行為時法の刑による)
科刑上一罪の処理 刑法五四条一項前段、一〇条(犯情の最も重い別紙被害者受傷状況一覧表番号8の罪の刑による)
刑種の選択 罰金刑
労役場留置 刑法一八条
訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項
本文
(量刑の事情)
本件は、冬季、JR北海道の検修工事を請け負ったドウデンの従業員である被告人が、作業責任者安藤和秋に依頼され、事実上の代理として、工事のため踏切支障報知装置等の機能を停止するなどしてJR北海道函館本線の自動警報機の警報灯の取替工事に従事中、警報機が吹鳴し、遮断竿が降下する踏切内で大型トラックが停止し、列車見張員が右遮断竿を持ち上げながら「行け。行け。」と怒鳴っているとの異常かつ緊急事態を認めながら、これを傍観していて、作業責任者として必要な列車防護措置を怠り、その結果、特急列車を大型トラックに衝突させて、特急列車の乗員、乗客合計二三人に傷害を負わせたという事案である。
被告人は、長年にわたる検修工事の経験や右工事に従事させるためJR北海道等が委嘱して実施された列車防護措置等を講じる安全講習を受講するなどして列車事故防止のための知識も十分に持っていたにもかかわらず、列車防護措置を怠り本件事故を起こしたもので、その過失は軽くはない。
本件事故により列車の一、二両目が脱線転覆し、その乗員、乗容に多数の怪我人を出したこと、JR北海道の受けた損害も多大であったことなどを考慮すると、犯情は芳しくなく、被告人の刑事責任を軽視することはできない。
しかしながら、本件事故は、大型トラックが轍のため踏切内でスリップして停止したことに端を発して生じたものであること、降雪のため制動距離もある程度長くなったとも考えられること、被告人は、正式に指名された作業責任者が現場を離れるため、その依頼により事実上の代理として作業の責任者となったものであること、鉄道関係の工事に携わる者の間では、工事の際に、急に列車を停止させることについて心理的な抵抗感を抱く傾向がないではなく被告人が咄嗟の判断を誤ったとはいえ、本件トラックが早く踏切から退避してくれるよう願ったことも理解できないわけではないこと、乗員、乗客の受傷の程度も幸い重篤なものとまではいえず、生じた結果に対しては、被告人なりに責任を感じていると認められることなど被告人のために有利な、もしくは同情すべき事情も認められる。
以上の事情を総合勘案すると、被告人に対しては、主文の刑を科すのが相当であると判断した。
(裁判長裁判官中野久利 裁判官遠藤和正 裁判官伊東顕は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官中野久利)
別紙被害者受傷状況一覧表<省略>